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ビッグモーター不祥事の背景にある父と息子の確執

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ビッグモーターという中古車販売大手が、顧客から預かった車を故意に破損して保険金を水増し請求するという不祥事を起こしました。この会社の創業者である兼重宏行社長は、かつては謙虚で自分にも厳しく、部下をやる気にさせることに長けた経営者でした。しかし、息子に社長業を任せるようになってから、どんどんおかしくなっていったと元幹部が証言しています。息子はMBAを持ち、実権を握っていた2代目と呼ばれていましたが、父親とは対照的に高級志向で傲慢な性格だったと言います。父と息子の確執が、ビッグモーターの不祥事の背景にあるのかもしれません。

ビッグモーターという中古車販売大手が、顧客から預かった車を故意に破損して保険金を水増し請求するという不祥事を起こしました。この事件は、社内の告発者がメールで週刊文春に情報を送りつけたことで発覚しました。告発者は、自分も上司から破損指示を受けていたが、良心の呵責に耐えられなくなったと語っています。週刊文春の取材によると、ビッグモーターでは全国の店舗で同様の不正が行われており、保険金の水増し額は数十億円にも上ると見られています。

この会社の創業者である兼重宏行社長は、かつては謙虚で自分にも厳しく、部下をやる気にさせることに長けた経営者でした。元幹部のAさんは、数年前までビッグモーターの中古車販売営業部門で働いていましたが、兼重社長の経営手腕を間近で見てきた人物です。Aさんは、「私がいた頃も世間一般に比べれば、長時間労働や上司のパワハラは日常的にありましたし、俗に言うブラック企業でした。ただ、バリバリの営業系企業ではありがちな範疇で、今回のように、顧客を裏切るよう上司が部下に強いるようなことはなかった」と証言しています。

Aさんが入社した時はまだ30店舗くらいだったビッグモーターですが、「そこから200店舗までは凄まじいスピードでした。実際、事業計画書には、『狂ったように出店する』とそのまんまの表現で書かれていたくらいです。兼重さんは『(同業者の)ガリバーを捉えた。日本一を取る!』と社員たちにいつもハッパをかけていました」とAさんは語ります。経営者としては、「アイツはダメだと考えたら決断は早くて、1カ月も経たないうちに降格させることもありました。ただ、次のチャンスはちゃんと与える人です。頭ごなしに怒鳴られたことは一度もありません。たまに声を荒らげることはあるのですが、『いけん、いけん』ってすぐに冷静になって、『あんまり怒らせんとってよ、年なんじゃけぇ、死んだら困るじゃろ』などと取りなしてくる人でした。社員には新入社員であっても、必ず”さん”付けで呼ぶ人で、私たちも『兼重さん』と呼んでいました」と評価しています。

兼重社長は、全国の店舗を行脚する時も、一人で電車を乗り継ぎ、最寄り駅から歩いてやってきたという。新幹線も指定席すら乗ろうとしないので、幹部になってもグリーン車は乗りづらかったと振り返ります。スーツも好んで安物をまとい、「これ洋服の青山で2着セット3万だったんだけど、高く見えるじゃろ」と変な自慢をしてくる。「めちゃくちゃケチなんです」とAさんは言います。社員旅行でマカオに行った時も、「みんながカジノ行くなら俺も行く」とついてきた。だが、たった1万円分しかチップに替えなかったという。そして、2000~3000円分のチップをチコチコとルーレットの赤・黒に賭け、3回くらい連続して外れると、「『もういい』と言って残りのチップを社員にあげて、先にホテルへ帰ってしまいました。ケチだけどお茶目な人なんです」とAさんは笑います。

しかし、息子に社長業を任せるようになってから、どんどんおかしくなっていったと元幹部が証言しています。息子はMBAを持ち、実権を握っていた2代目と呼ばれていましたが、父親とは対照的に高級志向で傲慢な性格だったと言います。ニュースなどで兼重社長が住んでいた東京・目黒区の『20億円豪邸』がクローズアップされましたが、それは息子が建てさせたものだったそうです。車もBMWやベンツの中古車ではなく、新車のフェラーリランボルギーニを乗り回していました。「兼重さんがEクラスなら俺らはSには乗れないな」と遠慮していた幹部たちも、「2代目がフェラーリだから俺らもSクラスに乗れるようになった」と開き直ったそうです。