無戸籍であった橿本芳江さんの生涯について書かれたものです。橿本さんは戦後、国鉄の駅に捨てられていたところを保護された孤児であり、晩年は兵庫県の社会福祉法人が支援していたことが分かりました。
記事では、橿本さんが以前に暮らした施設から引き継がれた記録などによると、橿本さんは1953年5月、国鉄神戸駅(現在のJR神戸駅)で、生後間もなくの捨て子として見つかり、保護されたことが明らかになっています。両親が誰なのか、どういう背景があって放置されていたのかは全く分かっていないそうです。記事では、橿本さんが見つかった1953年当時の神戸駅についても紹介されており、その年、神戸駅はまだ戦後の混沌の渦中にあったことが分かります。